第1章 無口な美少女
この日はあいにくの雨だった。明日はまなみと市役所に行き、2人で婚姻届を提出する予定が控えている。そんなワクワクした気持ちを抱えながら僕は、助手席にまなみを乗せて自動車を運転していた。
車内に流れる音楽は次の曲へと切り替わった。シャッフルで再生されるプレイリストから、とある邦楽ロックバンドの曲が流れた時だった。曲に合わせて時折歌詞を口ずさんでいた僕だったが、急に何故か突然、涙が僕の頬を流れた事に自分でも驚いたのを覚えている。
僕「う・・・うぅ・・・」
僕は涙を必死に隠そうとした。急いで顔を反対車線に向け、鼻をすすりながらも音楽に合わせてハンドルを指で叩いて必死に誤魔化していた。
なまみ「・・・どうしたの?」
思ったよりも早く彼女は僕の異変に気が付いた。慌てて僕は再度、反対車線側を向く。
まなみ「どうしたの?なんで泣いてるの?」
ここまで言われてしまってはもう誤魔化しようがない。僕は信号待ちの車に並ぶように、ゆっくりとブレーキを踏んで停車した。
僕「そうだな・・・何から話せば・・・」
彼女はただただ無言で僕を横から見つめていた。ハッキリと彼女の顔は見ていないが、かなり驚いた様子だった。しかしそれも無理はない。25歳の男が突然運転中に泣き出したのだ。ハッキリ言って自分でもどうかしている・・・。
僕「そうだな・・・やっぱり婚姻届を出す前には、これだけは話しておかないとな・・・」
信号が青になり進み出す前方の車。僕はそれについて行くように、アクセルを踏んで車を走らせた・・・。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
これは僕が19歳の頃まで遡る。痛いくらい太陽が照りつける真夏のある日だった。大学入学後の初めての夏休みだというのに僕は、毎日のようにアルバイトに追われる日々だった。
経済的に困窮していたのもあったが、当時はバンドをやっていて、その為の機材やライブハウスでの費用を工面する目的もあった。
自転車を漕いでいつものように到着した飲食店のバイト先。僕は店舗裏の駐輪場に自転車を停めると、その裏の従業員入口の扉に向かった。するとその扉の前で、小柄な細身の若い女の子がジャージ姿で黒いキャップをかぶり、さらに大きな黒いマスクをした状態でスマホをいじっていた。
僕(誰・・・新人?)
少し不思議に思った僕だったが、彼女を横目に扉の暗証番号を打って店内に入ると、彼女は頭を下げながら僕の後をついて行くように店に入った。恐らくバイトの新人で、お店の暗証番号を忘れてしまったのだろう。店内に入った僕は一目散に更衣室に入り、そして着替えた。
僕「あっすいません長くて・・・」
更衣室を出た時、彼女は僕の前で少し俯きながら無言で待っていた。
僕「・・・どうぞ。」
一つしかない更衣室は男女兼用だった。彼女は会釈だけして無言で更衣室に入り、そしてカーテンをピシャリと勢いよく閉めた。
僕(なんだこの可愛い人・・・)
彼女は当時16歳。身長は155cmの細身体型だった。真っ黒のサラサラのセミロングの髪。顔が隠れるくらい深くかぶったキャップとサイズの合ってない大きなマスクをしていたが、顔の見える部分だけ見てもとんでもなく可愛いかった。
こんなに可愛い子がいつの間に入ってきたんだと驚いていたが、そんな事を考えている間に、彼女はものすごいスピードで着替えを終えて更衣室のカーテンが開いた。
僕「あっすいません・・・」
僕は変わらず更衣室の前で動かずにいた。そんな僕に彼女は、なんでこんな所に滞っているのかと目で訴えてきた。
女の子「・・・・・・。」
彼女は常に無言だった。そのせいで少し怖い雰囲気もあったが、それよりも驚いたのはユニフォームに着替えたのにも関わらず、いまだに大きなマスクをしていた事だった。キャップは取っていたので幾分マシではあったが・・・。
僕「あの、マスク取らないとダメですよ!! キッチン担当ですか?専用のマスクがあるので!!」
しかし彼女は僕を見て、いかにも「そんな事は知ってます」と言わんばかりに、マスクの置いてある場所へ向かった。用意されているマスクはサイズ別にS・M・Lの3種類だったが、彼女はなんと一番サイズの大きいLサイズを手にした。
僕「大きくないですか?これにしないんですか?」
僕は疑問に思いながらもSサイズのマスクを指差した。しかし彼女は首を横に振った。女性の中でもかなり小顔な方なのにと考えてはいたが、それにしても彼女は本当に喋らない。
彼女はLサイズのマスクを手にすると再度更衣室へと入っていった。何をするのかと思っていたが、ただマスクを変えただけだった。もちろん時間も数秒程度だ。しかし彼女はその数秒間すらもカーテンをしっかりと閉めていたことに違和感があった。
僕(なんだこの子・・・マスクを人前で取りたくないのかな・・・?)
不思議な子だなと思ってはいたものの、この日彼女に声をかけることはもうなかった。しかし妙に気になるような、そんな印象的な子だったのを覚えている・・・。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
それから数日が経ったある日の週末の事だった。僕はいつものようにバイト先へ向かい、バックヤードでシフトの確認をしていると、数日前の例のあの子がキッチンから急ぎ足で入ってきた。
彼女は任されているポジションの都合上、大量の湯気を浴びるところだったこともあり、ビショビショになったマスクの交換をしにやってきたのだった。
彼女は更衣室に目をやった。しかし僕と同じ時間に出勤をする別の女性従業員が既に更衣室を使用中だった。もちろん待てばすぐに空くだろう。しかし勤務中だった彼女に時間はなかった。
彼女はその場で壁側を向いてマスクを取り、新しいマスクに交換しようと試みた。彼女は誰にも見られてないつもりだったのかもしれない。しかし僕はこの時、雷に打たれたような衝撃だった。
それは一瞬、本当に一瞬ではあったが、マスクを取った彼女の顔を鏡越しに見てしまったのだ。マスクを外した彼女の姿は想像の遥か上を行くものだった。
大き過ぎない目、高過ぎなく綺麗な鼻、小さい口。一つ一つがが完璧な上に、パーツの位置すら完全に黄金比だった。言葉に出来ないくらい可愛いくてキレイで、こんな人が現実にいるのかと心底驚いた。それはまるでお人形だった・・・。
僕はこの瞬間から、完全に彼女の虜になってしまった。今まで他人に対し一目惚れを疑問視してきた僕だったが、自分がまさかそんな惚れ方をするとは本当に思いもしなかった。
バタンッッ!!
急いだ様子でキッチンへと戻っていく彼女。そんな彼女が一生懸命に働く後ろ姿をしばらく見ていた。謎が多かった事もあり、僕は彼女の事をたくさん知りたいとも思うようになった。
女性従業員「下腹部くん?更衣室空いたよ?」
僕「あっすいません!!今使います!!」
僕は返事をしながらその日のシフト表を指でなぞった。そして例の彼女が配属されたポジションを見てみる。
僕(にしぐちかえで・・・というのか・・・。)
彼女は西口 楓という名前だった。そして僕は更衣室へと足を運び、彼女の事を考えながらユニフォームに着替えた・・・。
楓はバイト先でももちろん話題だった。しかしそれはネガティブな意見ばかりで「挨拶すらもお辞儀をするだけ」「本当に全く喋らない」「分からないことを聞くときも、無言で肩をポンポンするのはおかしい」「顔は可愛いかもだけど、マスクを一切取らないのは流石に何かあるのでは?」などと散々だった。
もちろんはじめはあまりに可愛い見た目から、少し話題になっていた。はじめは人見知りなんだろうと皆して言っていたが、いつまで経っても一言すら喋らない彼女に、段々不信感が募っていったのだろう。挙げ句の果てには何故こんな子を採用したのかと、店長すら責められる始末だった。
しかし店長はある女子高生の紹介で楓を採用する事を決めたと言っていた。その女子高生の名は乃々華(ののか)。彼女は楓と従姉妹の関係で、楓より1歳年上の高校3年生だった。
2人の顔は全くと言っていいほど似てないが、乃々華もかなり可愛かったので、彼女達の家系の遺伝子はどうなっているんだろう?と話す者もいた。そんなある日、僕はまず乃々華に接触するよう試みた。
僕「おうお疲れ!!ごめんだけど、ちょっといい?」
乃々華「はい・・・なんですか?」
僕「最近入ってきた子いるじゃん?西口って名前の子!!」
バイト終わりの駐車場で待機している僕に驚いた様子だったが、乃々華は淡々とこう答えた。
乃々華「・・・楓の事ですか?」
しかし僕が首を縦に振った瞬間から、乃々華の表情は一変した。
乃々華「楓なら彼氏いますよ?狙わないでくださいね!!」
勘が鋭いとは思ったが、逆にそんな事まで思ってはいないとも思い、僕はひどく動揺した。
僕「いや・・・あの、そうなんだ・・・あはは笑」
乃々華「楓の連絡先教えてとか、彼氏いるの?とかいう質問が毎日のように来るんですよ。だって楓、可愛いですもん」
僕「あはは笑 そうだよな!! メチャメチャ可愛いもんな・・・笑」
乃々華「とにかく楓は基本的に男子からの連絡先はNGなんで、諦めてください!!」
僕が必死に誤魔化している間に、さらに釘を打たれてしまった。そもそも連絡先が欲しいなんて一言も言ってないのにも関わらず・・・笑
第2章 無人駅のトイレ
そんな事から数週間が経った頃だった。楓は職場でも未だに無言を貫いていて、批判の声も多かったが、仕事はかなり出来る方だったので、無口な彼女を受け入れてくれる人も徐々にだが増えて来ていた。
そんなある日の夕方、僕は自転車で大学のとある研修から家に向かっていた。この日はバイトはなく、家に帰ってギターの練習をしようと考えながら、とある無人駅の前を通ったその時だった。
その無人駅には電車が停まっていた。ど田舎で数時間に1本ほどしか電車が来ない事を考えると、とても珍しいなと思い、一旦自転車を止め、たった1両しかない電車を眺めていた。
僕(1両電車ってバスみたいで可愛いな・・・)
はじめは電車がただ停まっているだけで、誰も降りてこないと思っていたのだが、なんとそこに1人の女子高生が降りてきた。顔は見えなかったが、歩き方と雰囲気に見覚えがあった。
僕「・・・楓ちゃんじゃん!!」
僕はその場で自転車を乗り捨てて彼女を追いかけた。身長、体型、歩き方、黒いキャップ、そして顔の大部分を覆う大きな黒いマスク・・・。ハッキリとは見えなかったが、絶対に楓だと僕は確信していた。
彼女は僕には気付いていない様子だった。僕は走るのをやめ、歩きながら彼女の後ろを追いかけようとしていた時、なんと彼女は駅の近くにある古い公衆トイレへと入っていったのだった。
僕(もしかして・・・おしっこをするのか・・・?)
僕は忍び足でさらに体をトイレに近づけた。ガタンと音が鳴り、個室の鍵を閉める音がする。そして・・・
楓「・・・あっ!! ううっ!!」
なんと女子トイレの個室から、彼女と思わしき声が聞こえてきた。微かに聞こえるほど小さい声だったが、これが初めて僕が彼女の声を耳にした瞬間だった。全く言葉を出さない16歳の美少女が、トイレの個室の中でパンツを下ろすという最後の試練に悶絶している・・・もうそれだけで、僕の興奮は最高潮になった。
シュッッ!! シャーーーーーーーッッッ!!
その後、すぐにおしっこが出始めた。
楓「ふぅーーーーーーー!!」
大きなため息と共に、彼女は決してキレイとは言えない公衆トイレで、自身のおしっこをぶちまけていた。声を聞く限りどうやら間に合ったようだった。そしてその時意外にも、彼女は掠れたかなりハスキーな声だった事にも驚いた。
シュイイイィーーーーーーーーーッッッ!!
彼女のおしっこは長かった。かなりの勢いで出ているはずなのに、相当我慢していたのだろう。こんなにボロい公衆トイレを利用するくらいだ。確かにトイレに向かう時のあの動きは、かなり漏れそうだったようにも見えた。
シュルシュルシュル〜〜〜〜
30秒ほど経って、やっと彼女のおしっこは終わりを告げた。
楓「ふぅーーーーーーー!!」
そして彼女はまた一つ、大きなため息を吐いた。
楓「あっ・・・」
彼女の「あっ・・・」という小さい声が聞こえてからは、しばらく沈黙の時間が続いた。耳を澄ませるとカバンのチャックを開け、中を必死に漁っているようにも聞こえる。
楓「・・・ない・・・ない!!」
どうやら彼女はティッシュを探しているようだった。公衆トイレにトイレットペーパーが置かれていなかったのだろう。そもそもトイレットペーパーがない事に気が付かないほど限界だったんだろうと考えると、興奮が僕を襲ってくる・・・。
彼女はしばらく必死に探していたが、恐らくそれは結局諦めた。何故なら拭く音も聞こえないままパンツを上げるような音が聞こえてきたからだ。そして・・・
ジャーーーーーーーッッッッ!!
トイレを流す音も聞こえてきた。僕はその音と同時になるべく足音を立てないよう、ゆっくりと乗り捨てた自転車の方へと走った。自転車の元へと辿り着いた僕は、ふと公衆トイレに目をやる。
すると公衆トイレの前で楓は、強い風でキャップが飛ばないよう左手で押さえながら、遠くにいる僕を見つめていたのだった・・・。
〜つづく〜
次の話はこちら→第2話 気付かれていた気配
オススメ
去年の長編第1話。昨年の閲覧数が5番目に高かった穴場の作品でもあります。今回の話と同じように、まずは小手調べとして放尿音を聞くラッキースケベからお楽しみください笑
エレベーターが壊れるというベタな設定でのお話。ちなみにどのショッピングモールがモデルになっているのか分かった方は、XのDMをしてみてください。答えが合っていれば何かいいことがあるかもしれません笑

コメント
最高です!
続き期待してます!
コメントありがとうございます!
更新は不定期ですがよろしくお願いします。
読んでいただいて感謝します!!